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SW 241 – ヘルスケアの世界におけるAIの活用

  • ryee62
  • 12月5日
  • 読了時間: 6分

今回のSeattle Watchでは、米国のヘルスケア分野におけるAI活用について見ていきます。プライバシー保護を規定するHIPAAに準拠したAIも登場し、医療分野でのAIの活用が進んでいます。AIは医療従事者の業務効率化だけでなく、患者体験の向上にも大きく貢献し始めており、今後ますます重要な役割を果たすことが期待されています。

Strategy&(PwCの戦略コンサルティングチーム)のレポートによると、AIヘルスケア市場は 2030 年までに8,680億ドルに達し、6,460億ドルのコスト削減と 2,220 億米ドルの収益増加をもたらすと予測されています。同レポートでは、2025年から2030 年にかけてヘルスケア分野でのAI採用は、世界市場で15%未満から30%超に大幅に増加すると述べられています。図からもわかるように、Digital HealthやMedTechの領域がAI 採用を牽引しますが、コンシューマーヘルスの領域でも、パーソナライズされた AI ソリューションの活用が期待されています。


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ヘルスケアの領域において、AI導入の障壁になっているのは、HIPPA(Health Insurance Portability and Accountability Act)と呼ばれる法律への準拠です。HIPAAは、「医療保険の携行性と責任に関する法律」と訳され、「保護対象保険情報(PHI:Protected health information)」を扱う企業に物理的、デジタル上で、および手続き上でのセキュリティ対策を講じ、それに従うことを規定しています。そのため、HIPAA-compliant AI(HIPPA準拠AI)はヘルスケア分野では必須の法的要件となっています。


例えば、200万人以上が登録する医師・医療従事者向けSNSプラットフォームであるDoximityは、同僚との連絡、キャリア・専門の管理、最新医療研究・ニュースの入手、遠隔診療の実施など多様なツールを提供しています。同社が2023年から提供している「Doximity GPT(DoxGPT)」は、HIPPAに準拠した医療特化のAIアシスタントで、保険会社への書類、患者向け説明文、研究助成の申請文など、医療現場の定型業務を効率化しています。同社のLLMには、買収した Pathway(エビデンスベースの臨床リファレンスAI)の医療ナレッジグラフが統合されており、単なる汎用LLMではなく、エビデンスに紐づいた回答ができるようになっています。


ヘルスケア領域では、他のビジネス領域ではあまり見られないユニークなAI活用が始まりつつあります。例えば、生成AIを用いたソーシャルストーリーの作成です。ソーシャルストーリーとは、発達障害のある子どもに向けた対症療法の一つで、特に自閉症の子どもたちに効果的とされています。彼らは、日常生活で遭遇する新しい状況や予想外の出来事に強い不安を感じやすく、それが大きなストレスにつながります。そこで役立つのが「ソーシャルストーリー」です。これは、特定の場面やルールを、シンプルでわかりやすい物語として説明する方法で、絵や写真を使って視覚的に理解しやすく伝えることで、子どもが「次に何が起こるか」を準備・予測できるようサポートします。ソーシャルストーリーは一人ひとりに合わせたカスタマイズが必須であるため、文章や絵の作成に大きな手間とコストがかかるという課題がありました。こうした課題を解決するため、生成AIを活用してソーシャルストーリーを自動生成する取り組みも始まっています。Ozzystoryというスタートアップはその代表例で、「初めて歯医者さんに行く」「新しい家に引っ越す」「バスに乗って学校に行く」といったシーンをプロンプトとして入力するだけで、子ども向けのソーシャルストーリーを即座に作成することができます。


もう一つの事例は、患者の識字レベルに応じたPatient Education Material(PEM)の作成です。NYU Langone Health の研究者らは、American Heart Association(AHA)、American Cancer Society(ACS)、American Stroke Association(ASA)のウェブサイトで公開されている PEM の読みやすさに着目し、これらの資料は患者が自身の医療について意思決定する助けとなるが、多くの場合、推奨される「6年生レベル」の読解難易度を超えており、多くの患者にとって理解が難しいと指摘しています。同研究者らは、ChatGPT、Gemini、Claude の 3つの大規模言語モデル(LLM)が、正確性を損なうことなく PEM の可読性を最適化(より分かりやすい表現や説明への書き換え)できるかを評価しています。


保険金請求の却下に対する異議申立てを効率化するAIも登場しています。米国では医療費の高騰に伴い、保険会社が支払い前に請求内容を精査する「事前承認プロセス」を強化しています。米医療協会の2023年の調査によれば、医師の94%がこのプロセスによって医療処置が遅れたと回答し、78%は患者が治療を断念するケースがあったとしています。さらに、与信調査会社エクスペリアンの2024年の調査では、保険金請求の拒否件数が2022年から2024年にかけて31%増加したと報告されています。大手保険会社がAIを活用して請求を却下するケースも指摘される中、これに対抗するためのAIを提供するスタートアップが注目を集めています。Claimableは患者が異議申立てを効率化できるAIツールを提供しており、その成功率は85%以上だとしています。同社は、保険会社が気にしている高額な薬を必要としている疾病、例えばリウマチ患者の支援から事業を開始し、現在では偏頭痛や、子どもの精神症状を急速に引き起こす脳疾患であるPANS/PANDAS(脅迫神経症)などにも対応範囲を広げています。今後は、100以上の疾患に対応することを目指しています。


このように、ヘルスケア領域では、AIは医療従事者の業務効率化にとどまらず、患者体験そのものを向上させる存在として広がりつつあります。先日、シアトルの大学病院で働く日本人医師に話を伺ったところ、米国の医師は臨床業務だけでなく、「AI やテクノロジーを活用して、自分たちの仕事や患者体験をどう再設計できるか」を探求する機会が多く、それが仕事の楽しみにもつながっていると話されていました。 実際、ヘルスケア領域では、医療従事者の知見やフィードバックを積極的に活用しています。たとえば、糖尿病管理の統合プラットフォームを提供するGlooko Inc.は、糖尿病の分析や臨床研究の分野で活躍する医師たちによるメディカル・アドバイザリー・ボードを設置しています。同社は、ボードメンバーが持つ臨床エンゲージメント、糖尿病デバイス、患者アウトカム分析、集団管理といった専門的知見を、製品開発から戦略立案に至るまで幅広く活用しています。


また、診療中の会話をリアルタイムで記録・整理する AI アシスタントを提供するCortiは、綿密なユーザーヒアリングに基づき、機能追加やアップデートを行っています。同社はリサーチ会社 YouGov と共同で 500 名の医師・看護師を対象に調査を実施し、「AI を業務に使用する医療従事者の 81% が、リアルタイムフィードバックを最も価値ある AI の応用と評価している」という結果を得ました。これは医用画像解析(71%)やアンビエント・スクリビング(68%)を上回るものです。こうした知見を踏まえ、Corti は即時のインサイト、対話型サポート、メモ取り、ライブ要約といったライブ・フィードバック機能を新たに発表しています。


どれほど外部ベンダーが優れたツールを提供しても、それを最前線で使う現場とのコラボレーション、そしてユーザーからの継続的なフィードバックがなければ、本当の価値創造にはつながりません。ビジネス領域を問わず、この「現場起点の共創」こそが、これからの時代に求められる競争力になるのだと改めて感じました。


Webrain Production Team

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