SW 242 – 2026年の展望と創発的戦略
- ryee62
- 12月12日
- 読了時間: 10分
今回のSeattle Watchでは、テクノロジーと地政学の観点から、2026年に向けた予測を紹介していきます。先が見えない時代だからこそ、定常的なリサーチの重要性が高まり、戦略を継続的にアジャストしていく柔軟性が不可欠になります。今後は、マーケットインテリジェンスの機能を社内にしっかり備えた企業こそが、予期せぬ変化に耐えうるレジリエンスを獲得していくでしょう。
2025年も残すところわずか数週間となりました。Webrainでは毎年この時期に、翌年のビジネストレンドを展望しています。(昨年の記事はこちら)今年も、民間調査会社やコンサルティング企業が発表する各種予測を踏まえつつ、来年以降のビジネス環境がどのように変化しうるのか、そして私たちはいかに行動すべきかについて考察していきたいと思います。
まずGarterでは、2025年10月末に2026年以降の重要な戦略的展望トップ10を発表しています。詳細は同社のレポートをご覧いただければと思いますが、Webrainが特に興味深いと思った3つを抜粋します。

01. AI時代に必要なスキルのテストが実施される
2027年までに、人材採用プロセスの75%において、職場でのAI習熟度の認定とテストが実施されるようになる。今後2年以内に、多くの組織が人材採用プロセスに実践的なAI習熟度評価を導入する。この傾向は、多様な情報を収集・整理し、判断材料とすることが重要な職務で特に顕著になる。生成AIのスキルを持つ人ほど高い給与を得る傾向が強まるにつれ、意欲的な求職者はAIスキルの習得を優先事項として重視するようになり、こうした能力を問題解決、生産性の向上、適切な意思決定のために活用できることを示す必要がある。
02. 手抜き思考しか持たない人が急増する
2026年末までに、生成AIの使用による批判的思考力の衰えにより、世界の組織の50%が「AIに頼らない純粋なスキルの評価」を求めるようになる。企業が生成AIの利用を拡大する中で、独自の思考ができる候補者と、AIの出力に過度に依存する候補者が、雇用で明確に区別され始める。問題解決能力、情報源の信頼性を見極める能力、AIの支援に頼らない判断力が、人材採用でますます重視されるようになる。この変化により、人材採用プロセスが長期化し、AIに依存しない認知能力が証明された人材の獲得競争が激化する。金融、ヘルスケア、法律など、大きな責任を求められる業界では、このような人材の希少性が採用コストの上昇を招き、企業は新たな人材調達/評価戦略の策定を迫られる。そのため、AIに頼らない能力の評価ツールや専門的なテスト手法のサービスやプラットフォームの市場が形成される可能性が高い。
07. お金そのものがコンピュータになる
2030年までに、金銭取引の20%はプログラマブルな形態となり、AIエージェントに経済的主体性が付与される。プログラマブル・マネー*は、マシン間の交渉、自動化された商取引、市場の探索、データ資産の収益化を可能にして、新たなビジネスモデルを実現し、サプライチェーン管理 (SCM) や金融サービスなどの業界を根本的に変革していく。リアルタイムでプログラマブルな取引は、フリクションを減らし、流動性を高め、オペレーション・コストを下げることで、自律的なビジネス・オペレーションを後押しする。経済的主体性を持つAIエージェントのようなマシン・カスタマー*の台頭によって、プログラマブルな金融インフラストラクチャに対する需要が拡大し、新たな市場が生まれ、自律的な資金調達が促進され、変化するニーズに自動的に適応するプロダクトの実現が推進される。その結果、ステーブルコイン(米ドルや日本円といった法定通貨などの現実資産と価格を連動させた暗号資産)、預金トークン、トークン化された現実世界の資産は、企業における主流の金融手段へと進化していく。しかし、プログラマブル・マネー・プラットフォームやブロックチェーン・インフラストラクチャ間で標準化が進まず、仕組みが断片化され、相互運用性が欠如してしまうと、市場の健全な成長が阻まれ、AIエージェントやマシン・カスタマーが真の経済主体として機能できなくなるだろう。また、プログラマブル・マネーの保管、アクセス・コントロール、取引の完全性においてセキュリティ上の脆弱性があると、信頼が損なわれ、その利用を統制するための新たな規制枠組みの整備が促されるようになるだろう。
https://www.gartner.co.jp/ja/newsroom/press-releases/pr-20251030-predictions https://www.gartner.co.jp/ja/newsroom/press-releases/pr-20250910-emerging-tech-hc
※ プログラマブル・マネー:アルゴリズムに基づくルールをソフトウェアとして組み込み、動作をプログラミングできる、あらゆる形態のデジタル・マネー。ブロックチェーン対応のトークン化とスマート・コントラクトを活用することで、経済主体の参加を増大させ、価値交換をプログラミングできる。これにより、価値創出、資金調達、資産交換 (マシン間取引を含む) におけるイノベーションが促進され、サプライチェーンや金融のバリューチェーンが再構築される可能性がある。
※ マシン・カスタマー:人や組織の代わりにモノやサービスを購入する、人間以外の経済主体。Gartnerでは2030年までに、現在インターネットに接続されカスタマー (顧客) として動作できる30億台のB2Bマシンが、80億台まで増加すると予測している。マシン・カスタマーの例としては、仮想パーソナル・アシスタント、スマート機器、コネクテッド・カー、モノのインターネット (IoT) 対応の工場設備などが挙げられる。マシン・カスタマーを主要顧客と捉えてビジネス戦略をアップデートする企業では、新たな売上機会を獲得できる。また、それを導入する企業では、調達やサプライチェーンの効率性に関して大きな飛躍が期待できるようになる。
1つ目の「AI時代に必要なスキルのテストが実施される」と、2つ目の「手抜き思考しか持たない人が急増する」というトレンドは、表裏一体の関係にあると言えます。今後は、AIを巧みに使いこなす能力を高める一方で、AIに過度に依存することなく、自らの思考力を鍛え続けるという「両利き」の姿勢がこれまで以上に重要になってくるということでしょう。実際、米国マイクロソフトのシニアソフトウェアエンジニアである牛尾剛氏も、AIは「自分を賢くするために使うべき存在」であると強調しています。その具体例として同氏が提唱するのが「ディープコードリーディング」という概念です。コードリーディングとは、ソースコードを読み解き、その設計意図や背後にあるロジックを理解する行為を指します。牛尾氏は、GitHub Copilot Agentに問いかけながら、自分より優れたエンジニアが書いたコードを徹底的に読み解くことで、自身のプログラミングスキルを効率的に高めることができていると述べています。
3つ目の「お金そのものがコンピュータになる」という予測については、その兆しとなる動きがすでに現れ始めています。米国の暗号資産取引所 Coinbase は、2025年5月にオープンソース決済プロトコル「x402」を発表しています。x402 の主目的は、AI エージェントが外部 API やコンテキスト検索プロトコルへ自律的にアクセスする際の決済面での障壁を取り除くことです。これにより、エージェントは人間の介在なしに API 呼び出しごとに支払いを完結させることが可能となり、複数のサービスやシステムとの統合に伴う煩雑な決済管理も不要になります。すなわち、AI エージェントが自律的に価値交換を行うための基盤が、着実に整備されつつあると言えるでしょう。
また、PwC は 2026 年の地政学リスク展望に関するレポートを公表し、「パクス・アメリカーナ(米国主導の国際秩序)の限界」、「世界経済の安全保障化」、「デジタル覇権をめぐる競争激化」という3つの大きな潮流と、これらを踏まえた10の地政学リスクを提示しています。

1. パクス・アメリカーナの限界
第2次世界大戦後の国際秩序は、覇権国である米国が主導し構築されてきた。日本を含む国々は「パクス・アメリカーナ(米国による平和)」の恩恵を享受してきたが、その限界が露呈し始めている。2025年1月に発足したトランプ政権は、米国が覇権国として国際秩序維持のコストを支払い続けることを是とせず、「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」の姿勢を打ち出している。同盟国に防衛費の増額や安全保障上の役割拡大を要請し、中国やロシアなど懸念国との「ディール(取引)」にも前向きな姿勢を示している。
2. 世界経済の安全保障化
近年、「経済安全保障」という言葉に象徴されるように、経済運営を安全保障の観点から再定義する「安全保障化」の動きが各国で広がっている。半導体など重要分野における国家間の覇権争いや、自国産業保護に向けた関税や産業政策の拡大といったように、市場原理ではなく国家利益を基軸とした経済運営が主流になってきている。
3. デジタル覇権の競争激化
国家間の争いはデジタル空間においても繰り広げられている。国家間の技術競争やサイバー攻撃が拡大する中、リアルとデジタルの垣根がなくなってきている。特に近年では、半導体やAIといった重要技術が安全保障に与える影響に鑑みて、国家間のデジタル覇権争いが一段と激しくなっている。また、ウクライナ紛争におけるロシアのハイブリッド戦争に代表されるように、国家主導による重要インフラや企業に対するサイバー脅威が拡大している。
地政学リスクに対して早期に舵を切っている代表例が、米国大手自動車メーカーのゼネラルモーターズ(GM)です。同社は、北米事業に関わる数千社のサプライヤーに対し、部品・資材のサプライチェーンから中国を排除するよう要請し、その期限を2027年に設定しています。一方で、中国市場では事業を継続する姿勢を崩しておらず、いわゆる選択的デカップリング(特定国・地域への依存を低減し、サプライチェーンを再構築する戦略)を採用することで、二つの地域のバランスを取る柔軟なアプローチを取っています。
長期トレンドを自社の事業戦略へ落とし込む際の課題は、VUCAの時代において 5〜10 年先を見通すこと自体が困難であるという点にあります。そのため、将来像を描き、そこから現在に立ち戻って戦略を構築するバックキャスト型の思考も機能しづらくなっています。最近では、BANI(Brittle(もろい)、Anxious(不安)、Non-Linear(非線形)、Incomprehensible(不可解))という新しい言葉も登場しています。
このような状況の中、コンサルティング企業である ITR は「創発的戦略アプローチ」を提唱しています。創発的戦略アプローチは、あらかじめ目標達成に向けて計画された「意図的戦略」と対比され、予期せぬ問題や偶発的な出来事に対処するための適応的な戦略として位置づけられます。好例として挙げられるのが、OpenAIがChatGPTを公開した直後に、Googleが社内向けに出したとされる コードレッド(緊急事態)宣言です。ChatGPTの登場は、同社の検索広告ビジネスに対する脅威と認識され、以降GoogleはAI技術の強化に向けた取り組みを一気に加速させました。
日本企業では 3~5年おきに中長期経営計画を策定することが一般的ですが、創発的戦略へのシフトを実現するためには、定常的な情報収集と報告を行うマーケットインテリジェンス(MI)の体制が不可欠です。マーケットインテリジェンスチームは、経営企画部や全社マーケティング部などに配置され、継続的にリサーチと分析を行います。そして、経営インパクトが大きいと見られる情報や示唆を月次の経営会議・幹部会議で報告し、経営陣が計画の見直しを判断した場合には戦略の改定を行う流れになります。この体制の有無が、BANIの時代における企業のレジリエンスに決定的な差を生むことになっていくでしょう。
つまり、先を読みづらい時代だからこそ、定常的なリサーチの重要性が高まり、戦略を継続的にアジャストしていく柔軟さが不可欠になるのです。Webrainでは、過去 30 年にわたりWebrain Reportやスキルトレーニングを通じてこのマーケットインテリジェンスを提供してきましたが、その役割は今まで以上に重要性を増していると強く感じています。
Webrain Production Team



