リモートワークの浸透から自宅で仕事をする機会も増え、結果として自宅で過ごす時間は以前より長くなってきています。その結果、自宅での快適さやオンとオフの時間でのウェルネスを高めるテクノロジーへの需要が高まっています。Webrainでは、「Human-centric Home Technology」のテーマで人間中心のホームテクノロジーについてレポートをまとめています(レポートのサマリーはこちら)。今回のSeattle Watchでは、その内容の一部を抜粋する形で、ウェルネス不動産の市場やコ・リビングの事例、そして自宅での快適性を高めるための技術について紹介をしていきます。
世界的な健康意識の高まりの中で、これまでは食事、運動、そしてメンタルヘルスなど自分の体や心の状態に注目が集まっていました。その一方で、自分の内面だけでなく、周囲の環境にも目を向ける人々が増えてきています。つまり、それは私たちが生活の大半を過ごす住宅やオフィスなどの屋内環境の状態を可視化することで、ウェルネスの観点から屋内環境を最適化しようとする動きです。
実際、科学的根拠に基づいた屋内環境の最適化を目指すウェルネス不動産と呼ばれる市場は近年大きな成長を見せており、2017年の1,485億ドルから、2020年には2,750億ドルに達しています。Global Wellness Instituteによると今後もこの市場は堅調な成長を見せ、2020年から2025年にかけて、市場は倍増の5,800億ドル(年率16%成長)になると予測されています。同社では、ウェルネス不動産の成長要因として、リモートワーク、ストレス、孤独、環境意識の高まりなどを挙げています。 https://globalwellnessinstitute.org/wellness-real-estate-the-global-wellness-economy-looking-beyond-covid/
この市場に関連するトレンドの1つが、コ・リビング(Co-Living)です。コ・リビングとは、居住空間を複数人で共有しながら暮らすシェアハウスと、仕事空間を共有するコワーキングスペースの2つの特徴を併せた住居のことです。これは、リモートワークやノマドワークといった新しい働き方に対応するとともに、都市化によって希薄化している社会的なつながりとコミュニティを生み出し、孤独や不安問題の解決や、精神面での健康状態を改善できる点で注目されています。One Shared House 2030の調査では、このトレンドが若者だけのものではないと指摘し、高齢者も緊急時に助けてくれる人たちと近くにいることができるなど、コ・リビングによる共同生活のコンセプトを評価しています。 https://www.weforum.org/agenda/2021/03/co-living-communal-mental-health/
コ・リビングのサービスを提供するスタートアップは世界各地で増えており、英国のThe Collective(https://www.thecollective.com/)や米国のBungalow(https://bungalow.com/)などが有名です。彼らの中には、コ・リビングの環境を提供するだけでなく、テクノロジーを駆使することで、入居者の居住体験を高めようとしている企業も出てきています。例えば、スウェーデンのColy(https://www.coly.io/)は、性格・価値観診断と独自のマッチングアルゴリズムによって、物件オーナー(コ・リビングや学生寮、シニアハウジングのオーナー)の希望に沿いながら、既存の入居者と相性が合う新しい入居者を見つけることを可能するColy MEと呼ばれるSaaSプラットフォームを提供しています。このツールによって、物件オーナーは運営管理を効率化し、稼働率や入居者コミュニティのエンゲージメントを高めることができます。
今回のレポートで取り上げているもう1つのトレンドが、住居の快適性を高めるためのテクノロジーです。快適性とは、身体的に快適な状態にあることを意味し、室温、照度、空気質、騒音レベルなどの物理的な環境を最適化することで実現されます。この中でも、快適性の問題について議論する際に軽視される傾向にあるのが、騒音です。騒音による悪影響を可視化することは難しいですが、睡眠障がいや聴覚障がい、また心理的なストレスといった問題を引き起こします。WHOの推計によると、12歳から35歳の10億人以上が、大音量の音楽やその他の娯楽音に長期間さらされることにより、難聴になる危険性があるとされています。 https://news.crunchbase.com/venture/startups-noise-blocking/
こうした騒音の課題を解決しようとしているスタートアップもいくつか登場しています。例えば、米国のNoiseAware(https://noiseaware.com/)は、バケーションレンタル事業者向けの騒音防止ソリューションを提供しています。同社のスマートセンサーは、騒音や音のエスカレーションを検出して、自動で宿泊者に注意を促すことができ、近隣住民に迷惑をかけて苦情や罰金につながることを防ぎます。また、シンガポールの南洋理工大学(Nanyang Technological University)では、窓にアクティブノイズキャンセリング機能を持たせる研究を行っており、研究チームは、交通量の多い道路、鉄道、建設工事、近隣住宅からの騒音による影響を最大50%も軽減することができるとしています。ほかにも、落合陽一氏が代表を務めるピクシーダストテクノロジーズでは、空気は通すけど音は抑えるというメタマテリアルの遮音材(電気や特殊な素材を使わず、独特な形状で遮音する仕組み)を開発しています。 https://www.straitstimes.com/singapore/ntu-device-can-reduce-noise-pollution-by-up-to-half-targeted-for-use-in-2-to-3-years
ここで紹介したコ・リビングや騒音防止は、人々の住居での快適性やウェルネスを高めるための要素の1つに過ぎません。今回のレポートではより幅広く捉えることを目指して、シニアの居住者が健康でつながりのある生活を送ることを支援するテクノロジー、人々に安心や安全を提供するセキュリティや漏水防止のテクノロジー、住宅で消費するエネルギーの削減や最適化を支援するテクノロジー、住宅内の様々なスマートデバイスのシームレスな連携を支援するテクノロジーなどのカテゴリーに分類して紹介をしています。
Webrainでは、これまで技術偏重の考え方に陥らないことを機会あるごとにお伝えをしてきました。ホームテクノロジーについても同様で、デバイスの通知や動作音などが静かな生活の妨げになったり、システムの稼働や維持のために人間自身の生活やリズムをデバイスのパターンに合わせるという主客転倒に陥ったりする懸念があります。本来テクノロジーは、人々の生活を裏側で静かに支える存在であるべきであり、ホームテクノロジーに関しても、デバイスやシステムが人々の生活の中に溶け込み、その存在を意識せずに活用できるようになることが、人間を中心とした真のホームテクノロジーのあり方と言えるのではないでしょうか?これからもこの分野の進化を注意深くモニターしていきたいと思います。
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