SW 247 – スーパーボウルから考える広告の未来
- ryee62
- 1 日前
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今回のSeattle Watchでは、先日開催されたスーパーボウルを手がかりに、米国の消費者トレンドと広告産業の現在地を考察していきます。今年のスーパーボウルでは、AI関連広告が増加する一方で、生成AIによる表現に対する違和感や、本物らしさへの強い要求が浮き彫りとなりました。
2月8日、米国カリフォルニア州サンタクララにある リーバイス・スタジアム にて、第60回 スーパーボウル が開催され、2026年 NFL シーズンの王座を懸けた戦いが繰り広げられました。試合はシアトルに本拠地を置くシアトル・シーホークスがニューイングランド・ペイトリオッツを9対13で下し、チーム史上2度目となるスーパーボウル優勝を果たしました。
米国におけるフットボール人気は根強く、今年のスーパーボウルの視聴者数はまだ公式発表されていないものの、昨年および一昨年はいずれも1億2,000万人を超える視聴者を記録しており、世界で最も視聴されるライブ放送の一つとされています。また、スーパーボウルは単なるスポーツイベントにとどまりません。試合中に放送されるCM枠は、わずか30秒で800万ドル(約12億円)以上とされ、時代や社会の価値観を映す鏡とも言われています。そのため、スポーツのみならずビジネスの観点からも、毎年大きな注目を集めています。
広告調査会社iSpotの分析によると、今年のスーパーボウルで放送されたCMではAI関連製品が目立ち、事前公開された広告の約4分の1が何らかの形でAIを扱っていました。ノースウェスタン大学のケロッグ経営大学院では、毎年スーパーボウルで放送された広告をランク評価しており、9本のCMが最高ランクのA評価を獲得しました。ケロッグ経営大学院のレビューで最も評価が高かったのは、Googleの生成AIサービス「Gemini」のCMです。「New Home(新しい家)」と題されたGoogleの広告は、同社のAI技術の強みを前面に打ち出した内容となっており、母親と幼い息子がGeminiアプリを使って、新しい庭を設けたり、壁の色を変えたりした場合に、新居がどのように見えるかを描き出す様子が表現されています。
また、競合となるAnthropicは、「Can I get a six pack quickly?(すぐに腹筋を6つに割ることはできますか?)」と題された広告で、若い男性が擬人化されたAIチャットボットにトレーニングの相談をする場面から始まります。しかし、そのチャットボットは、彼が求めていない靴を売ろうとします。広告の中では、「広告はAIにも入り込んでくる。しかしClaude(AnthrpopicのAI)には来ない」というメッセージが伝えられました。これは、先日OpenAIがChatGPTの一部プランでAIとの対話となるチャットUIに広告表示を開始する方針を示したことを受けた内容です。そして、AnthropicはClaudeはビジネスや思考のためのツールとして強化し、「広告」は導入しないという自社の立ち位置を強調しました。
米国はそろそろ税務申告の時期を迎えます。そこで、タックスリターン(確定申告)を支援するソフトウェアを提供するTurboTaxのCMには、アカデミー賞受賞俳優のエイドリアン・ブロディが登場し、税務申告担当者の役作りに臨む様子が描かれてました。ただし、その役作りが少々本気になりすぎている点が、このCMの見どころです。ブロディは「確定申告の“痛み”(面倒くささ)に深く入り込みたいんだ」と熱弁を振るいますが、彼の指導役として雇われたTurboTaxの専門家は、「私たちは確定申告の“痛み”を取り除くサービスなんですよ。覚えていますか?」と冷静にたしなめます。このCMは、感情やドラマ性を前面に出したいと考えるブロディの役作りと対比する形で、TurboTaxがいわば“アンチ・ブロディ”的な、ドラマ(痛みや煩わしさ)のないストレスフリーなサービスであることを鮮明に打ち出している点が高く評価されました。
AI広告会社Daividの分析によると、今年のスーパーボウルCMは「思いやり」や「コミュニティ」といったテーマを強く打ち出しており、過去5年以上の中でも、最も心温まる内容だったと評価しています。同社は、レディー・ガガ が、かつて米国で高い人気を誇ったアメリカの子供向け番組の司会者フレッド・ロジャースのテーマ曲「Won’t You Be My Neighbor」を歌う、住宅ローンサービスの Rocket と不動産テック企業 Redfin による共同CMを、最も感情に訴えかけた広告として挙げています。こうした傾向の背景には、米国社会で進行する政治的・経済的な分断や価値観の対立があると考えられます。だからこそ人々は「つながり」や「共感」を強く求めており、そのニーズを的確に捉えようとした結果が、今年のスーパーボウルCMのトーンに色濃く反映されたのかもしれません。(フレッド・ロジャースのMister Roger’s Neighborhoodは1968年から2001年まで放送され、「優しさ」と「共感」を社会に根付かせ、米国社会に深い影響を与えた)
スーパーボウルのCMに多くの企業が巨額の広告費を投じ、CM枠の価格が毎年のように高騰を続けている理由は、1.2億人規模という圧倒的なリーチ力だけではありません。視聴者のアテンション(注意)を確実に獲得できる点にこそ、その本質的な価値があると言われています。近年、コンテンツの視聴スタイルは大きく変化しました。スマートフォン上ではショート動画が次々と流れ、ユーザーはスワイプ一つで簡単に別のコンテンツへ移動できます。さらに、スマホでSNSを閲覧しながらテレビで動画を視聴するといった「ながら視聴」も一般化しつつあります。こうした環境下では、たとえ広告を出稿しても、生活者の興味・関心を引きつけ、真のエンゲージメントを築くことは年々難しくなっています。
そのため、広告業界では新たな評価軸として「アテンション(広告にどれだけ注意が向けられたか)」に注目が集まっています。従来の効果測定指標には、インプレッション(広告が表示された回数)やビューアビリティ(視認可能な位置に表示された広告の割合)がありますが、これらの指標では、ユーザーが実際に広告へ注目したかどうかまでは評価できない点が課題でした。一方、アテンション指標は、世界中で実施された大規模なアイトラッキングや行動観察研究をもとに開発されたアルゴリズムによって測定されます。その最大の特徴は、広告そのものへの集中度を捉えられる点にあります。広告に実際に注意が向けられ、視聴者が内容を理解し、考え、何らかの感情を抱いた時間を評価できるため、「見られたか」だけでなく「心を捉えたか」まで測定できるのです。
実際、アテンションが高い広告ほど、ブランド想起率(特定カテゴリーにおいて最初に思い浮かべられるブランドの割合)が高まることが確認されています。一方で、ビューアビリティとブランド想起率の間には、それほど強い相関は見られないとされています。こうしたアテンション測定を可能にするテクノロジーを開発しているのが、Lumen Research です。同社は、人間のアテンションに関する理解を拡張し、ブランドがそのアテンションを具体的な成果へと転換できるよう支援するアイトラッキング企業で、70万人以上の消費者から得たデータをもとに、数百万件の広告と数十億規模の視線データを分析しています。これにより、あらゆるメディアにおける広告投資をアテンションを軸に計画・購入・測定・最適化することを可能にし、広告のROI(投資対効果)向上に貢献しています。
広告産業にもAIが本格的に入り込んでいますが、2026年のスーパーボウル広告において興味深かったのは、生成AIを活用した広告が増加したにもかかわらず、視聴者から「安っぽい」「雑」「想像力がない」といった否定的な評価が多く寄せられた点です。確かにAIを活用すれば、制作時間やコストを大幅に圧縮することは可能ですが、現時点では、実際に放映されたAI生成のCM(ArtlistやSvedkaなど)は、映像や構成に一貫性を欠き、視聴者の感情や共感を十分に引き出すには至らなかったという結果に終わっています。
こうした背景から、広告の受け手側において「本物性」(オーセンティシティ)への要求が強まっていると考えられます。そのため、少なくとも当面は、AIはフロント(表現・クリエイティブ)よりも、バックエンド(運用・最適化)領域で先に覇権を握る可能性が高いと言えます。同時に、AI使用の開示を求める制度化の動きも進んでいます。実際、ニュース制作に生成AIを使用した場合にその旨の開示を義務づける法案が、ニューヨーク州議会に提出されています。これからの時代は、AIを駆使しつつも、人間の判断や感覚知によって表現の本物らしさをいかに担保できるかが、ブランドの価値を分かつ差別化要因になるのではないでしょうか?
Webrain Production Team



