SW 232 – トランプ第2次政権下における米国の宗教地図
- Webrain Production Team
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今回のSeattle Watchでは、米国で起きている宗教、特にキリスト教を取り巻く大きな変化が、経済・社会・ビジネスにどのような影響を及ぼしているのかについて、最新の調査データや具体的な事例をもとに考察していきます。
近年のアメリカでは、宗教、特にキリスト教を取り巻く状況に大きな変化が見られます。まず、米国におけるキリスト教人口は長期的に減少傾向にあるものの、直近ではその減少ペースが鈍化しているという興味深いデータが報告されています。また、トランプ第2次政権では、保守的なキリスト教層へのアピールとして、宗教色の強い政策が次々と打ち出されてきました。さらに、先月には史上初となる米国出身のローマ教皇(教皇レオ14世)が誕生し、世界の宗教界でも象徴的な出来事となりました。そこで、今回は、こうした宗教動態の変化が、米国の経済・社会・ビジネスにどのような影響を及ぼしているのかについて、最新の調査データや事例をもとに考察していきます。
1.宗教人口の変化と新たな霊性志向の台頭
Pew Research Centerの最新の調査(2023-24年実施)によると、米国で暮らす成人の62%が自らをキリスト教徒と認識しており、この割合は2007年の78%から大幅に低下しています。特に若年世代の信仰離れが顕著で、18~24歳の若者でキリスト教徒と認識する割合は46%に過ぎず、74歳以上の高齢層の80%と比べて大きな開きがあります。また、日常的に礼拝行為をしている若者は27%と、高齢層の58%を大きく下回り、月に1回以上礼拝に参加する割合も若者は25%と高齢層(49%)の半分程度です。このように、世代交代に伴い宗教人口が減少する「世代的置換」の傾向が続いており、長期的にはキリスト教離れが進行しています。
しかし、直近数年間(2019~2024年)ではキリスト教徒比率が60~64%の範囲で横ばい推移しており、宗教離れのペースが足踏みしている可能性も指摘されています。これは、高齢世代が健在な間は全体の宗教指標が一定程度維持されていること、そしてパンデミック以降の「人々が精神的な支えを求める動きの加速」なども考えられます。実際、米国人の超自然的・精神的な信念は依然として根強く、86%が「人間には肉体とは別に魂がある」と信じ、83%が「神または宇宙の精神」の存在を信じているという調査結果もあるなど、形式的な宗教離れが進んでも、内面的な霊性への関心は依然高い水準にあります。
こうした中で注目されるのが、 SBNR(Spiritual But Not Religious:宗教的ではないがスピリチュアル)と呼ばれる層の拡大です。SBNRとは、特定の宗教を信仰しているわけではないが、仕事・人間関係や暮らしの価値観・ライフスタイルにおいて精神的な豊かさを求める人たちのことを差しています。例えば、「ヨガを健康法として楽しんでいるが、宗教的な教えには関心がない」、「自然の中で心を落ち着かせる時間は好きだが、それを宗教的なものとは結びつけていない」、「宗教施設の静けさや神聖な雰囲気が好きだが、そこに深い信仰は持っていない」といった感覚を持つ人たちが典型です。先ほどのPew Research Centerの調査では、2012年から2023年にかけて米国のSBNR層はゆるやかに増加しており、現在では5人に1人程度がSBNRに該当するとされています。
こうしたSBNR層の台頭の中で、スピリチュアル・ツーリズム(精神性を求める旅)といった新しい市場も生まれており、Forbes誌では、2023年の信仰・精神性に基づく観光(Faith-based tourism)の世界市場規模は151億ドルでしたが、2033年には410億ドルに達する可能性があると報告しています。米国では、こうしたFaith-based tourism向けのプログラムが増えており、例えば、Mii amo(手相、数秘術、星の周期に基づく瞑想、オーラ撮影、占星術などのプログラム)やBernardus Lodge & Spa(月の満ち欠けに合わせた儀式、脳波瞑想、意図の設定、タロット・カードリーディングなどを通じて、五感すべてを癒すウェルネス体験)などがあります。
2.トランプ第2次政権による宗教政策の強化
トランプ第2次政権は、福音派を中心とする保守派重視の施策を相次いで打ち出しています。福音派(エバンジェリカル)とは、伝統的な価値観を重視するキリスト教プロテスタントの一宗派で、「聖書は神の言葉であり、聖書に従って生きるのが正しい生き方である」と信じている人々です。彼らは、妊娠中絶や同性愛に反対しており、2022年6月に最高裁が中絶禁止を合法化する判決を下した背後にも、エバンジェリカルの存在があります。
2025年2月:「反キリスト教的偏見を撲滅」するためのタスクフォースの設置を発表。タスクフォースの任務は、司法省や内国歳入庁(IRS)、連邦捜査局(FBI)などの政府機関内の「あらゆる形態のキリスト教に対する攻撃や差別を直ちに停止させ、米国社会内でのキリスト教徒を標的にした不適切な暴力や破壊行為」を廃止または是正することを目的としている。https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/2025/02/eradicating-anti-christian-bias/
2025年2月:「ホワイトハウス信仰局」の設置を発表。同局は、宗教団体などと連携し、信教の自由の保護や「婚姻と家族の強化」などに関する政策について大統領に助言を行い、また、バイデン前政権による「違法な反キリスト教的政策」を洗い出し、撤廃を促す。過去の政権でも信仰担当局などの類似組織はあったが、今回は「反ユダヤ主義、反キリスト教主義、その他の反宗教の偏見と闘う」と明記し、タスクフォース新設とあわせ歴代政権に比べキリスト教重視の色が濃い。https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN10D070Q5A210C2000000/
2025年5月:「宗教の自由委員会」を立ち上げる大統領令に署名。トランプ氏は、「米国が偉大な国家であるためには、常に神の下にある一つの国家でなければならない」と訴え、同委員会は、国内の宗教の自由に対する現在の脅威や将来世代のために宗教の自由を擁護するための戦略、米国の平和的な宗教的多元主義の強化についての報告書を作成する予定で、重点分野には、宗教教育における親の権利や礼拝所に対する攻撃、宗教団体の言論の自由などが含まれる。https://time.com/7284721/trump-religious-liberty-commission-goals-members-expert-concerns/
2025年5月:ハーバード大学に対し、留学生受け入れ資格を停止する措置を発表。この措置の背景には、同大学におけるイスラエルのパレスチナ政策に対する学生の抗議活動があり、政権はこれを反ユダヤ主義的行為と見なしたことが一因。トランプ政権は、こうした学生運動がユダヤ教徒への攻撃や反イスラエル的姿勢につながるとして強く非難し、これを米国の価値観や宗教的自由に対する脅威と位置づけている。https://www.reuters.com/world/us/trump-blocks-harvards-ability-enroll-international-students-nyt-reports-2025-05-22/
これらの施策に対しては、他宗教や世俗派から「特定の宗教(福音派)を優遇し、キリスト教ナショナリズム国家を目指すものである」という強い批判が出ています。また、一部の政策は政教分離の原則に抵触する恐れがあり、宗教に偏った施策は社会の分断をさらに深めるリスクがあると懸念されています。さらに、ハーバード大学の留学生締め出し措置は、米国経済の競争力にも影響を及ぼすでしょう。留学生は大学にもたらす多様性と才能に加え、将来的には米国企業で活躍する人材でもあり、こうした締め付けが他大学にも広がれば、優秀な人材が米国を避ける「頭脳流出」(ブレインドレイン)を招く可能性があります。宗教・思想をめぐる対立が、人的資本や教育政策に影響を与える点は、経済界にとっても無視できない問題です。
3.米国出身のローマ教皇誕生
2025年5月、カトリック教会に歴史的な出来事が起こりました。フランシスコ教皇の逝去を受けたコンクラーヴェ(教皇選挙)で、米国シカゴ生まれのロバート・プレボスト枢機卿が次期教皇に選出され、教皇レオ14世として即位しました。アメリカ出身者がローマ教皇に就任するのは史上初のことです。米国人口の約20%を占めるカトリック信徒たちは、初のアメリカ人教皇の誕生に大きな喜びと誇りを感じており、トランプ大統領も、レオ14世の選出を「アメリカにとって大きな名誉」と称賛しています。
全世界で14億人の信徒を抱えるカトリック教会のリーダーに米国出身者が就任したことは、米国のソフトパワーに微妙な影響を与えるとの指摘もあります。従来、バチカンは欧米列強、特に超大国の出身者が教皇職を独占しないよう配慮してきました。しかし、レオ14世は長年ペルーで布教活動に従事し、グローバルな視野と実績を持つ人物であり、「アメリカ人教皇」であっても国際社会に貢献できる資質が評価されたと考えられます。また、米国の国際的影響力が相対的に低下しつつある中で、その出身国に対する警戒感が以前ほど強くないことも、選出を後押しした一因と見られています。
ここまで、米国における宗教、特にキリスト教を取り巻く状況について見てきましたが、こうした宗教的潮流は、経済・社会・ビジネスにも少なからず影響を及ぼしています。例えば、キリスト教保守派の台頭は、米国内で広がる反DEI(多様性・公平性・包摂性)運動とも密接に関係しており、実際にDEIプログラムを縮小・停止する企業が増えるなど、採用方針や企業カルチャーの形成に新たな課題をもたらしています。また、宗教的な価値観は消費者行動にも影響を与えており、自らの信仰や倫理観に共鳴するブランドや企業を選ぶ動きが強まっています。日本では、宗教が社会に与える影響はあまり注目されませんが、米国ではあらゆる活動の根底に人々の信仰や価値観が深く関わっています。宗教という社会基盤の変容が、自社のビジネスにどのような影響をもたらすのかを正しく理解し、柔軟に適応していくことが、これからの不確実な時代を乗り切る重要なカギとなるでしょう。
Webrain, Production Team
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