今回のSeattle Watchでは米国の最新のEコマーストレンドについて紹介していきたいと思います。Temuなどの中国の越境ECプラットフォームが低価格を武器に米国市場に参入する中で、AmazonやWalmartなどの既存プレイヤーは、さらなる顧客体験の向上を図ることで、彼らに対峙しようとしています。
米国ではNFLの王者を決めるスーパーボウルが2月11日に行われ、カンザスシティ・チーフスが3年ぶり3度目の頂点に輝きました。今年は1億2,400万人がこの試合のテレビ中継を視聴し、試合の合間に流れるCMは、米国経済の時代を映す鏡として毎年話題になっています。2024年のスーパーボウルのCM放映料は30秒で650万〜700万ドル(約9億6200万〜10億3600万円、1ドル148円換算)となっており、CM枠は早い時期に完売の報道が出ていました。
今年のスーパーボウルのCMで注目を集めた企業の1つが、中国発のオンラインコマースプラットフォームであるTemuです。同社は「億万長者のように買い物しよう(Shop like a Billionaire)」というキャッチコピーがつけられた広告を試合中継中に6回放映したほか、1,000万ドル(約14億9300万円)相当の無料ギフトを提供し、スーパーボウルでの支出額は数千万ドル規模に上ったとも報道されています。Temuは、このような積極的なマーケティングを展開することで米国のEコマース市場のトップリーダーであるAmazonに追いつこうと奮闘しています。
2023年の米国のオンライン売上高は1兆1,370億ドルで、今後10年間も着実な成長が見込まれています。また、同国のEコマース利用者は2億6,800万人で、2025年には2億8,500万人に達するとの予想もあります。民間調査会社のPYMTS によると、2023年の第1四半期時点のEコマースのシェア(消費額ベース)はAmazonが47.9%で1位となっており、2位のWalmart(6.7%)に大きく差をつけています。
実際の消費額ベースで見るとAmazonがまだまだ強いですが、2022年9月に米国市場に参入したばかりTemuのアクティブユーザーは1年足らずで1億人を突破しています。米国のAmazon Primeの会員数が1億6,700万人です。年会費を払っているユーザーの数なので単純な比較はできませんが、ChatGPTと同じような勢いで、この市場に食い込んできていることが分かります。
Temuの強みは幅広い品揃えと圧倒的な低価格です。衣料品、電化製品、家具などの商品がAmazonの半分以下の価格で販売されており、中には1ドル以下で販売されている商品もあります。Temuは中間業者を排することでこの低価格化を実現しています。同社は中国の事業者が米国に倉庫ネットワークを構築することなく、中国から発送して米国の消費者に直接販売できるようにしています。Temuは、品質や配送面での課題も多いですが、ユーザーは安さを重視し、これらの問題を承知した上で購入しているようです。
既存プレイヤーのAmazonやWalmartはテクノロジーを駆使することで、Eコマース上でのさらなる顧客体験の向上を目指しています。まずAmazonは、顧客の買い物体験に生成型AIを活用することで、ユーザーの意思決定プロセスを支援するとともに、顧客の信頼を高めようとしています。同社は、自社顧客向けに開発された生成型AIチャットボットのRufus(ベータ版)を発表しています。Rufusは、「屋内ハーブガーデンを始めたい場合に考慮すべき点は何か?」や「USB-Cケーブルを購入する際に何を考慮すべきか?」といったユーザーからの質問に対して、商品カタログや、顧客レビュー、Q&A、インターネット上で提供されている情報に基づいてパーソナライズされた情報を提供します。他にも、ユーザーはRufusに対して商品やカテゴリーの比較を要求したり、商品一覧ページ上で製品に関する具体的な質問を投げかけたり、おすすめ商品の提示を求めることもできます。
Walmartは「Adaptive Retail」というコンセプトを掲げて、顧客の買い物体験を変革しようとしています。同社のCTOであるSuresh Kumar氏は、「Adaptive Retailとは、最初から最後までパーソナライズされた、シームレスで柔軟なショッピング体験を創造することである。ここでは、あらゆるチャネルの最良の側面が他のチャネルにもたらされる。Eコマースの素晴らしい点(列に並ばなくてよい、簡単な検索と発見、パーソナライズされたレコメンド)はオフラインでも享受されるべきあり、店舗の素晴らしい点(試着、接客サービス、その場で購入)はEコマースでも享受されるべきである。」と述べています。
WalmartはAdaptive Retailを推進するいくつかの取り組みを今年のCESで発表しています。その中には、店舗チェックアウトの自動化、AR試着及びソーシャルコマース(友人に自分のコーディネイトを相談できるソーシャル要素を盛り込んだプロダクト)、InHome Replenishmentと呼ばれる冷蔵庫への食品補充サービス(データとAI分析により在庫が切れそうなタイミングで食材を自動で届けてくれる)、生成AI活用の検索(消費者の心理を先読みした検索/レコメンド体験)、ドローン配送の拡大などが含まれています。
ここまで紹介したTemu、Amazon、Walmartの戦略や取り組みは、「低価格」、「デリバリーの早さ」、「シームレスな買い物体験」といったユーザーのニーズを第一に考えられています。ただ最近はそれだけでは不十分で、ユーザーたちは自分のもとに商品が届くまでのサプライチェーンで労働者が搾取されていないかにも関心を向けるようになっています。例えばTemuは、強制労働によって作られた中国製品の輸入に無制限のルートを提供しているとして批判を受けており、Amazonも倉庫や配送の業務に従事する従業員の過酷な労働環境がたびたび問題になっています。
顧客中心主義として知られるAmazonは、2021年に自社のLeadership Principles(Amazon社員が大切にすべき行動指針)に2つの新しい項目(Strive to be Earth’s Best EmployerとSuccess and Scale Bring Broad Responsibility)を追加し、従業員、パートナー企業、そして社会全体を顧客と同様に大切にしていこうというより明確な指針を掲げています。
これはEコマースに限られたことではありませんが、ユーザーへの直接的な提供だけでなく、従業員、サプライヤー、そして環境を含むステークホルダーへの配慮も、間接的ではあるもののユーザーの信頼と安心を獲得するための訴求価値の一つとしてますます重要になってきていると感じます。
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