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  • Hideya Tanaka

SW 198 - 2024年の展望

皆さま、明けましておめでとうございます。日本では、能登半島地震や飛行機事故など波乱の幕開けとなった2024年ですが、世界でも米国、ロシア、インド、 EUなどで選挙が相次ぐ1年となっており、大きな変動が予想されています。今年最初のSeattle Watchでは、これからビジネスを拡大して行く上で抑えておくべき2024年のトレンドやリスクについて紹介していきたいと思います。


 

世界経済フォーラム(WEF)が毎年1月に開催するダボス会議では、政治家、ビジネスリーダー、学者たちが世界に影響を及ぼすさまざまなテーマについて議論をしています。今年のダボス会議は1月15日から19日にかけて開催される予定で、「信頼の再構築へ」(Rebuilding Trust)を大きなテーマとしています。そこでは、「分断された世界における安全保障と協力の実現」、「新しい時代の成長と仕事の創出」、「経済と社会を牽引するAI」、そして「気候、自然、エネルギーの長期戦略」という相互に関連する4つの最優先課題が取り上げられると発表されています。


Webrainでは、3つ目の「経済と社会を牽引するAI」に特に注目しています。というのも、AIが飛躍的に進化して、AIを規制する枠組み作りが本格化する一方で、それに真っ向から対抗する動きも出てきているからです。例えば、EUではAIを包括的に規制するAI法案が大筋合意に至っており、2025年以降の施行を目指しています。その一方で、米国のテック界隈では、効果的加速主義(e/acc: effective accelerationism)という考え方が、ここ数カ月話題になっています。効果的加速主義は、AIを規制しながら時間をかけて安全に開発しようとする動きと対立する概念で、その核心は「テクノロジーは世のためになるのだから、自由市場におけるイノベーションと資本主義を最大限推し進めるべく、規制や安全装置を撤廃すべき」という楽観主義に基づいています。


効果的加速主義の支持者には、著名なVCであるAndreessen Horowitz(a16z)の共同創設者Marc Andreessen氏や、大手アクセラレーターのY Combinator のCEOであるGarry Tan氏などが名を連ねており、彼らはAI規制に賛成する人々を「ディセル」(decel:減速を意味するdecelerationの略)と呼び批判しています。ただし、効果的加速主義には、「AI開発に対する規制を進歩の敵とみなすことは無責任である」といった批判や、「トリクルダウン理論(富める者が富めば、貧しい者にも自然に富がこぼれ落ち、経済全体が良くなるとする経済理論)の焼き直しである」という指摘もあり、このトレンドが今後どのような展開を見せるのかは、今年の重要な議論の1つになると予測されます。


AIの進歩は2024年に世界中で行われる選挙にも影響を与える可能性があります。シカゴ大学ハリス公共政策大学院のEthan Bueno de Mesquita学長は、「2016年や2020年がソーシャルメディア選挙であったように、2024年はAI選挙になるだろう。私たちは皆、AIが私たちの政治をどのように変えていくのか、社会として学んでいくことになる。」と指摘しています。さらに、Allen Institute for AIの機械学習研究者であるNathan Lamber氏も「生成AIを使ったチャットボットやディープフェイクは、2024年の米国選挙を大混乱に陥れるだろう。同時に政治がAI規制の取り組みを遅らせるだろう。」と懸念しています。


既に米国では、一部の政治家が選挙活動にAIを活用し始めています。ペンシルベニア州の下院選民主党候補のShamaine Daniels氏は「Ashley」という名前のAIロボコール(自動音声電話)を採用しています。Ashleyは、AI開発企業のCivoxが複数のオープンソースのAIモデルを組み合わせて開発したAIで、有権者それぞれにカスタマイズされた1対1の会話を同時に行うことができます。Daniels氏は、Ashelyが自身の公約を説明し、有権者との対話を進めることに寄与していると述べています。AIが選挙活動に有効活用される可能性がある一方で、生成AIが対立候補を中傷する広告やメッセージを作成するために使用されたり、AIが生成したフェイク画像やフェイク動画によって有権者が判断を誤ったりする恐れがあるため、今年はAIが民主主義にどのような影響を与えるかにも大きな注目が集まると予測されます。


また、1月9日から1月12日まで米国のラスベガスで開催されている世界最大のテック系見本市「CES 2024」も今年のトレンドを理解する上で重要なイベントです。CES 2024では、いくつかの重要なテーマが掲げられており、その1つは「万人のための人間の安全保障(Human Security For All)」です。主催者のCTA(Consumer Technology Association)は昨年9月にWorld Academy of Arts and Scienceと共同で、経済、環境、食糧、 健康、政治、個人、コミュニティーといった安全保障と並んで、人間の安全保障の柱 にテクノロジーが加わったことを発表しています。そのため、人間の安全保障を促進するテクノロジーは今年のCESでも重要なテーマとなっています。それを体現するスタートアップとしてBest of Innovationを受賞した韓国スタートアップMidbarは、水インフラがなくても農作物を栽培することができるAirFarmを開発しています。この製品は、空気中の水分をリアルタイムで水に変換し、作物から発生する水分を根に再循環させるというアプローチを採用しており、被災地や難民キャンプなどでの普及が期待されています。


それ以外にも「モビリティ」と「持続可能性」も重要なテーマになっています。モビリティ分野でBest of Innovationを受賞したのはHondaが開発した小型電動スクーター「Motocompacto」です。同製品は、スーツケースほどの大きさに折り畳むことができる超コンパクトの電動バイクで市街地や大学のキャンパスでの移動などを想定しています。持続可能性の分野でBest of Innovationを受賞したのは、フランスの固体電池メーカーのI-TENが開発した環境に優しい小型の再充電可能な全固体電池「ITX181225」です。同製品は、高出力および高ピーク電流の供給、そして8分で80%の急速充電が可能であり、低炭素・省エネソリューションとして注目を集めています。なお、CES 2024については次回のSeattle Watchでもより詳しく取り上げたいと思います。


ダーウィンの後継者と称された米生物学者のEdward O. Wilson氏は、「人類における本当の問題は、旧石器時代の感情と、中世の古臭い社会制度と、神のようなテクノロジーを同時に手にしていることだ。」と述べています。そして、WIRED誌の日本版編集長である松島倫明氏は、「感情」「社会」「テクノロジー」の乖離が拡大していくことが今後の私たちの課題だと指摘しています。言い換えると、私たちは、新しいテクノロジーの進化を追求すると同時に、感情をもつ不完全な人間であることを自覚しながら、私たちを取り巻く様々な社会システムや制度をいかにアップデートさせていけるかが重要であり、2024年はまさにそれが問われる1年になるのではないでしょうか?


Webrainでは2024年もシアトルでのリトリートトレーニングWebrain Reportなどを通じて、米国を中心とするグローバルビジネスの最前線の動向やアクショナブルなビジネスインテリジェンスをご提供できればと思います。今年も多くの皆さまにお会いして、皆さまのビジネスの成功や成長に寄与できれば幸いです。改めて本年もどうぞよろしくお願いいたします。


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