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  • Hideya Tanaka

Issue 161 - 気候テックを取り巻く投資環境

気候変動の影響が目に見えてくる中で気候テックへの関心が高まっています。今回のSeattle Watchでは過去のクリーンテックの失敗を振り返りながら、気候テックを取り巻く投資環境や、気候変動に取り組むシアトル企業について紹介していきたいと思います。また末尾には、日本時間8月24日(水) 11:00-12:00開催のCSV経営をテーマとしたウェビナーについてご案内をしております。弊社の岩崎が登壇致しますので、是非ご参加頂ければと思います。

 

世界各国が打ち出している気候変動政策や民間企業におけるESG投資の高まりを受けて、気候テック(Climate Tech)には最近多くの投資が集まっています。PwCが昨年発表したレポートによると、気候テックへの投資額は、2020年後半から2021年前半にかけて875億ドルに上ります。また、2021年上半期の気候テックへの投資額は過去最高の600億ドルであり、それ以前の12カ月間の投資額の284億ドルから210%増となっているというデータも出ています。 https://www.pwc.com/gx/en/services/sustainability/publications/state-of-climate-tech.html


しかし、その内実をよく見てみるとその資金が必ずしも温室効果ガス排出を削減する最良の方法を提供する企業に行き渡っているとは限らないことが分かります。先ほどのPwCの調査では、炭素排出を削減するために有効なテクノロジーにも関わらず比較的低額の投資しか受けていないものが多数見られています。有効なテクノロジーの上位5つに入っている領域は、太陽光発電、風力発電、食品廃棄物処理技術、グリーン水素製造、代替食品/低GHGタンパク質であり、これらの領域は2050年までに排出量を削減できる可能性の80%以上を占めていますが、2013年から2021年前半までの気候テックへの投資額のうち25%しか受けておらず、機会を逸しているとPwCでは指摘しています。 https://techcrunch.com/2021/12/15/global-climatetech-investment-triples-but-cash-for-tech-directly-cutting-emissions-lags/


こうした状況の中で振り返るべきなのは2000年代のクリーンテック(Clean Tech)の失敗かもしれません。気候テックとクリーンテックの違いについては、様々な定義がありますが、気候テックは、CO2排出量を削減するテクノロジーに直接的な焦点を当てていますが、クリーンテックは、環境を目的とした幅広いテクノロジーを対象としており、排水処理システムやリサイクル・廃棄物管理、空気汚染などの領域も対象としています。 https://cleanenergyventures.com/clean-energy-venture-capital/climatetech-is-cleantech-in-need-of-a-rebrand/


Forbes誌では、クリーンテックは2006年から2011年にかけて激しい景気後退に襲われたこともあり、ベンチャーキャピタルはこの分野のスタートアップに投資した250億ドルのうち半分を失ったと述べています。現在の気候テックの状況とは異なる市場環境にあったという面もありますが、何が違う状況で何が同じ状況であるかを正しく把握しておくことは重要だと思われます。 https://www.forbes.com/sites/robtoews/2021/10/31/will-this-generation-of-climate-tech-be-different/?sh=2febe41d4a62


Wildcard Incubatorの共同創設者である熊谷伸栄氏によると、クリーンテックと気候テックを取り巻く環境の違いは、「トレンドの原動力が一部の有識者による牽引であったか、それとも若い世代を中心とする社会全体の価値観のシフトであるか」、「投資の対象が需要と供給による価格変動を受けやすいハードウェア市場であったか、それとも技術革新に牽引される複数の知的集約型産業であるか」、「投資に不向きな長期の研究開発が求められた産業か、それとも短期の研究開発のサイクルで立ち上がる産業であるか」という3つの視点の違いがあると説明しています。 https://journal.addlight.co.jp/archives/suitz_climatetech_webiner_0209/


しかし、クリーンテックと同じ状況なのは、これらの投資がテクノロジー偏重になりすぎていることかもしれません。カナダのマニトバ大学環境学部のバーツラフ・シュミル名誉教授は、気候変動への対策で優先すべきなのはEVといった確立途中にある技術よりも、既にどこの家庭にも入っているような「窓ガラス」を交換することであると指摘しています。同氏は、米国でもEUでも一次エネルギー消費の約40%は建物であり、住宅のエネルギー消費の約半分が冷暖房であるという理由から、三層ガラスといったシンプルな断熱技術へ置き換える方がよほど気候変動に対して効果的であると述べています。 https://www.amazon.com/Numbers-Dont-Lie/dp/0241454417/  


AmazonやMicrosoftといった大手テック系企業も気候テックを支援するファンドを立ち上げるなど積極的な姿勢を見せていますが、企業としてもし気候テックに取り組む場合は、誰のための何のためのテクノロジーなのかといった目的や意義、そしてどのような戦略やアプローチを取ることが、気候変動への問題の解決により多く貢献することができるのかといった本質を見失わないことが大切だと感じます。

 

<気候テックに参入するシアトル企業>

Amazonは、炭素除去技術、自然を利用した炭素市場、電気自動車(EV)のイノベーションを開発する団体を支援するため、20億ドルの気候公約基金(Climate Pledge Fund)を設立している。また、そのコミットメントを示すものとして、シアトルのNHLホッケーチームの新アリーナの命名権を取得して、「Climate Pledge Arena」と名付けている。また、Disney、Google、Microsoft、Netflixといった大手テック企業や環境団体とBusiness Alliance to Scale Climate Solutions(BASCS)と呼ばれるグローバル連合を結成し、気候変動対策に関する情報や機会を、同業者、実務家、専門家のあらゆる立場から収集し共有している。

Microsoftも、二酸化炭素の削減と除去技術を加速させるために、10億ドルのClimate Innovation Fundを設立している。同社は、2030年までに自社の二酸化炭素排出量を正味ゼロ以下にし、さらに長期的な目標として、1975年の創業以来同社が排出したすべての二酸化炭素を大気から除去することを掲げている。持続可能な燃料技術および再生可能燃料を製造するLanzaJetや旧式の建物で利用されている古い暖房・冷房システムを高効率・低コストの新システムに入れ替えるリースサービスを展開するBlocPowerといった企業に出資している。

Starbucksは、二酸化炭素、水、廃棄物のフットプリントを半減させる環境目標である「リソースポジティブ」を実現すると宣言している。リソースポジティブとは地球から得る以上に還元量を増やすという考えであり、2030年までにカーボンニュートラルなグリーンコーヒー(生豆)の実現と、その加工過程で使用する水の量を50%削減することを発表している。具体的な戦略には、生産者とともに精密な農業ツールを使用した二酸化炭素排出量の削減や水処理技術や機械への投資などが含まれている。


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