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  • Hideya Tanaka

Issue 159 - Appleから学ぶプライバシーとブランド価値

皆さんのスマホに入っている個人のプライバシー情報が知らない間に広告市場でオークションにかけられて、高値で取引されているという設定で始まるAppleのテレビCMを最近目にした人が多いのではないでしょうか?今回のSeattle Watchでは、Appleがなぜ近年プライバシー保護を強化しているか、そしてブランド価値との関係性について、見ていきたいと思います。

 

上記で紹介したCMは利用者の閲覧履歴などのデータを追跡するターゲット広告を批判し、iPhoneのプライバシー保護機能を紹介する広告キャンペーンとして、日本だけでなく世界24カ国で展開されています。ここ数年、Appleはユーザーのプライバシーを全てのサービスやブランドの中核に位置付けており、自社の製品でアドテック企業やデータブローカーによる個人情報の収集を制限しています。 https://youtu.be/NOXK4EVFmJY


2021年4月には、ATT(App Tracking Transparency)を導入して、アプリをまたいだ個人情報の追跡にユーザーの同意を必須とする機能を追加しています。その背景には、Data Industrial Complex(データ産業複合体:レストラン、小売店舗、ウェブサイトにいたるまで、あらゆる場所から個人情報を収集しようとする企業体)によるプライバシー侵害への懸念があります。


CEOのティム・クック氏は、「アドテック企業たちは、私たちユーザーがプライバシー問題に関して、本当の意味での選択権を持つべきだとは考えていない。ユーザーの私的な生活に深く関わろうとしているにも関わらず、それに対して本人の許可が必要だとは思っていない。」と述べ、「だからこそAppleは、ユーザーが自分の個人情報をもっとコントロールするために必要な機能を提供してきた。」と続けています。今年の6月には、同氏はプライバシー法の成立を求める書簡を米国議会の議員たちに送付したとReutersは伝えており、欧州のGDPRを含めてプライバシー規制を支持する姿勢を強めています。 https://digiday.com/marketing/apple-chief-tim-cook-on-ad-tech-competition-and-privacy-laws/


Appleがプライバシーに注力する背景について少し分析してみると大きく2つの理由が挙げられると考えられます。それらは、より重いデータを扱うヘルスケア領域への進出と、ブランディング戦略としてのプライバシー保護です。1つ目については皆さんもご存じのように、最近のApple Watchでは最もパーソナルな情報である健康に関連するデータを取得して、数々の機能を提供しています。そのため、ユーザーに安心して自社の製品やサービスを使い続けてもらうには、プライバシー保護に関する取り組みやその技術への信頼を獲得していく必要が急務だったと言えます。


ここで重いデータと呼んだのは、医療やヘルスケアの分野のデータは、個人や患者の健康や生死に関わる重要なデータであり、データとしての価値はとても高くなります。Trustwaveでは、ダークウェブ上で取引されている様々なデータの1人あたりの相場を紹介しています。(2018年時点での公開データ)公の情報ではなく価格に対する信用精度は低いですが、一般的に個人情報として認知されている名前や住所、連絡先のようなPII(Personal Identifiable Information)は1人あたり約3円、クレジットカードや銀行口座の履歴の情報は1人あたり1,100円で取引されている一方で、医療情報は1人あたり約3万円の価値がついており、その重要性がよく分かる対比になっています。 https://trustwave.azureedge.net/media/15350/2018-trustwave-global-security-report-prt.pdf


2つ目のブランディング戦略としてのプライバシー保護ですが、近年のAppleは「プライバシー意識の高いブランド」というイメージを確立して、それをブランディングに転化させる知財戦略を取っていると考えられます。先ほど紹介したATTの導入によってAppleのブランド・ロイヤルティーが向上したという調査結果もあり、Reutersでは、プライバシー法の制定がAppleにとって追い風となる可能性があると伝えています。また、米国の調査会社であるIDCでは、2022年の第1四半期の世界のスマホ出荷台数は前年同期比8.9%減の3億1,410万台と3四半期連続で減少したと報告しています。上位メーカーではAppleだけ出荷台数を伸ばしており、飽和するスマホ市場の中でプライバシー保護を押し出すことで、ユーザーに他社製品からの乗り換えを促すことに成功しているという見方もあります。 https://www.reuters.com/world/us/apples-cook-urges-us-lawmakers-pass-federal-privacy-law-2022-06-10/


この戦略をより大きく捉えると、Appleは自社の知財ミックス(商標、意匠、特許も含む)に、プライバシー保護を加えることで、知財価値の総体の価値を高め、最終的にブランド価値に転化するという戦略を取ることに成功していると捉えることができます。英国の調査会社であるKantarによると、Apple は世界で最も価値のあるブランドランキングで2015年以来初めて1位を奪還し、同社のブランド価値は9,470億ドル(約127兆2000億円)に達しています。 https://www.bloomberg.com/news/articles/2022-06-15/apple-named-world-s-most-valuable-brand-in-kantar-brandz-survey


昨今のプライバシーへの懸念の高まりや規制の動きを見ると、多くの企業は、「プライバシーの問題は企業のブランドイメージに直結し、問題を起こすとイメージが大きく失墜する」というリスクに目を向けがちです。下記で少し触れるようにプライバシーの問題には確かにリスクが付きまとうことには変わりませんが、このプライバシーの問題を機会と捉えて戦略的に企業価値につなげていくというAppleのブランディングやマーケティングの戦略は多くの企業にとって参考になるのではないかと思います。 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN201ET0Q2A520C2000000/


最後に、プライバシーの考え方の最近の変化について話したいと思います。「私生活を守るための法的保護や権利」として従来考えられていたプライバシーは、デジタル化が進み情報プライバシーという概念が生まれてからは、「自己情報のコントロール」へと発展したと言われています。さらにIoTやAIなどの技術進歩によって、データを機械的に分析した結果起こる不当な差別であったり、選挙を含む社会の価値観に対する操作の可能性といった新たな問題も顕在化してきているため、プライバシーの考え方やその範囲が以前よりも広がっていることにも目を向けておくべきように感じます。 https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/privacy/guidebook12.pdf


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