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  • Hideya Tanaka

Issue 139 - スキルのコモディティ化とリスキリング

過去のシアトルウォッチで、「Human and Robot Symbiosis:人間とロボットの共生」というタイトルのレポートを紹介した際、私たちはスキルや働き方を見つめ直す時期に来ていることをお伝えしました。今回は、日本でも注目が集まってきている「リスキリング」というキーワードを紐解きながら、今まで積み上げてきた知識や価値観を意識的にすてて「学びほぐす」ことの重要性について考察していきたいと思います。

 

世界経済フォーラムでは、2020年の「The Future of Jobs」というタイトルの報告書の中で、「2025年までに、データサイエンティストのような機械やアルゴリズムとの協働が求められる新しい仕事が9,700万も創出される一方で、データ入力やアドミンのような単純作業である8,500万の仕事が機械などに代替されるだろう。」と分析しています。さらに「2025年までに現在の労働者のコアスキルの40%が変化し、全世界の労働者の半数が、2025年までにリスキリング(Reskilling)を必要とする。」と発表しています。


リスキリングとは、従業員が社内で新しい役割を担うために新しいスキル・能力・知識を身につけることです。他にも、従業員が現在のポジションでより高いスキルと関連性を身につけることに焦点を当てたアップスキリング(Upskilling)や、人員整理の対象になる従業員に対し、解雇になる前にリスキリングの機会を提供し、成長産業への転職を支援するというアウトスキリング(Outskilling)という言葉も登場しています。


学び直しの重要性が認識される中で、海外では様々な先進的な取り組みが進んでいます。前述の世界経済フォーラムでは、2020年1月のダボス会議で「Reskilling Revolution」と呼ばれるイニシアチブを発表し、2030年までに10億人の人々により良い教育、スキル、仕事を提供するという目標を達成するために、政府や企業の垣根を越えたエコシステムを構築しようとしています。


また、Eコマース大手のアマゾンでも2019年7月からUpskilling 2025というプログラムを開始し、2025年までに7億ドルを投資して、従業員10万人にスキルトレーニングを提供する計画を進めています。同社では、医療、クラウドコンピューティング、機械学習など、今後も成長が見込まれる分野でのキャリアへの道筋を作ることに注力しています。さらに同社では、2020年の12月にアマゾンの社員でない世界中の2,900万人を対象として、クラウドコンピューティングの仕事に必要な教育を提供することを発表しています。Amazon Web Servicesの副社長であるTeresa Carlson氏は、「デジタル・トランスフォーメーションを実現するためには、お客様にも適切なスキルを身につけていただく必要がある。」と述べており、顧客も含んだ業界全体での底上げを目指しています。(他の企業事例は下記を参照)


しかし、見落としてはいけないのはリスキリングなどの学び直しは、単に従業員のデジタルスキルを向上させるだけでは不十分であるということです。冒頭で紹介した世界経済フォーラムの報告書では、雇用主が今後重要と見なすスキルのトップ10を発表しており、そこには「テクノロジーの利用と監視・管理」「テクノロジーのデザインとプログラミング」といったデジタルスキルだけでなく、「分析思考とイノベーション」、「リーダーシップと社会的影響」、「アクティブ・ラーニングと学習戦略」、さらに「レジリエンス、ストレス耐性、柔軟性」といった問題解決能力、他者との協働能力、そして自己管理能力が含まれています。


組織論の専門家であるJohn Seely Brown氏は、「習得したスキルの半減期は5年である。つまり、10年前に習得したことの多くは陳腐化し、5年前に習得したことの半分は無意味になる。」と述べており、未来学者のAlvin Tofflerも、「21世紀において、無教養な人とは読み書きができない人のことではなく、学ぶこと(learning)、学習棄却(unlearning)、学び直し(relearning)ができない人のことを指すようになるあろう。」と述べています。


Webrainも同氏らの意見に賛成で、スキルがすぐにコモディティ化してしまう時代においては、今まで積み上げてきた知識や価値観を意識的に捨てて学びほぐすことのできる人材が、急速な時代や社会の変化の中で勝ち抜けると考えています。学ぶための環境やツールが整ってきている中で本当に重要になってくるのは、何を学びたいのか・学ぶべきなのかという自らの意志やパッションであり、またスキルを継続的に学び続けようとするマインドの醸成や、胆力といった最後までやり抜こうとする信念の強さの獲得ではないでしょうか?

 

<リスキリングやアップスキリングの企業事例>

AT&Tが2008年に行った社内調査では、従業員25万人のうち今後の事業に必要なエンジニアリングなどのスキルを持つ人は半分に過ぎず、約10万人は10年後には存在しない可能性の高いハードウェア関連の仕事に従事していることが判明した。そこで、同社ではWorkforce2020と呼ばれるイニシアチブのもと、2020年までに10億ドルを投資して10万人の従業員のリスキリングを行った。このイニシアチブは、「社内の人材異動を円滑にする環境整備」、「従業員のキャリア開発支援ツールの提供」、そして「オンラインの訓練コースの開発と提供」という3つの柱で構成されていた。同社によると、現在は社内の技術職の81%が社内異動によって充足され、リスキリングを行った従業員はそうでない従業員と比べて高いパフォーマンス評価を受けているという。

Microsoftではリスキリングを進めるために各国でCLO(Chief Learning Officer)を登用している。同社のリスキリングは、従業員がクラウド時代に適したスキルを身につけること(Employee Skilling)と、顧客企業がクラウドの理解を深めてAzureを使いこなせる技術者を増やすこと(Customer Skilling)を目的としている。同社では、インクルーシブな環境でお互いに学び合うカルチャーを醸成しており、技術者コミュニティーを盛り上げるようなイベントや活動が定期的に行われている。2020年の6月には世界中の2,500万人を対象にデジタルスキルの取得を支援するGlobal Skill Initiativeというプログラムを発表し、LinkedIn LearningやMicrosoft Learnなどの学習ツールを無償提供している。

大手ホームセンター企業のHome Depot では、より革新的なサービスを提供するために、ソフトウェアエンジニア、セキュリティー専門家、UXデザイナー、そしてデータサイエンティストなどのデジタル人材を1,000人必要としていた。社外募集を行う一方で、同社では社内の倉庫業務や販売業務の従業員の中から技術職に興味のある人材を積極的に登用するために、Orange Methodと呼ばれる技術チームの育成に特化したトレーニングカリキュラムを開発した。このカリキュラムには、Pluralsight 社が開発する技術スキル習得プログラムが導入され、履修者はIT クラスの形で、ビデオ学習コースや実践演習を用いたコースなどを通じてスキルを習得できる。Pluralsight の分析アルゴリズムは、学習体験を測定し、学習者がどこに最も興味があるか、成功するためにどのようにカリキュラムを作るべきかなどを分析することで、より主体的な学習体験の実現を支援している。





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