SW 260 – ファイナンシャル・ニヒリズム時代の米国消費
今回のSeattle Watchでは、米国の若者世代を中心に広がる「ファイナンシャル・ニヒリズム」を取り上げます。従来型の人生設計やアメリカン・ドリームが機能しにくくなっている現代社会において、若い世代の価値観や購買行動はどう変わり、それに対して企業はどのような手を打っていこうとしているのかを探っていきたいと思います。
近年、SNS発の「お金にまつわる流行語」が目まぐるしく生まれては消えていきます。「クワイエット・ラグジュアリー」「ガールマス」に始まり、2024年以降は「ラウド・バジェティング」「マネーマキシング」といった言葉が次々と現れ、Z世代の43%が、実際の家計は健全なのに歪んだ不安を抱く「マネー・ディスモルフィア」*を経験していると回答しています。一見、移り気な若者文化の産物に見えるこの流行語の乱立ですが、その背景には、節約して貯金し、いずれは自分の家を持つといった、これまで当たり前とされてきた人生設計は、もう自分たちには機能していないという一貫した価値観が透けて見えます。 https://ktvz.com/stacker-personal-finance-investing/2026/09/10/girl-math-loud-budgeting-moneymaxxing-were-these-trends-worth-trying/
※ マネー・ディスモルフィア:客観的には十分に安定した資産があるにもかかわらず、「自分はお金が足りない」や「すぐに破産するかもしれない」といった過剰な不安や恐怖心を抱く心理状態
米メディアStackerが2020年から2026年までの「お金にまつわる流行語」を整理した記事によれば、「マニフェスト・マネー(お金を引き寄せる自己暗示)」、「ヴァイブセッション(景気指標と実感の乖離)」、「クワイエット・ラグジュアリー(ロゴや派手さを避け、素材や仕立ての良さで上質さを示す静かな高級志向)」、「脱インフルエンス(SNSで「これは買わなくていい」とあえて勧めない発信スタイル)」、「ガールマス(買い物や出費を自分に都合よく正当化する理屈や考え方)」、「ソフト・セービング(無理な倹約より、心地よい暮らしの質を優先する貯蓄スタイル)」、「キャッシュ・スタッフィング(封筒に現金を仕分ける貯金法)」が2020〜2023年に流行しました。
2024年以降は、「ラウド・バジェティング(節約宣言を恥じずに公言する)」、「マネー・ディスモルフィア(家計は実際には健全なのに、歪んだ形でお金への不安を感じ続けてしまう状態)」、「ドゥーム・スペンディング(不安消費)」、「アンダーコンサンプション・コア(今あるものを使い切ることを称賛する)」、「リベンジ・セービング(コロナ禍の反動で猛烈に貯金する)」、「ノーバイ/ローバイ・チャレンジ(一定期間、買い物を断つ/最小限にする)」、「マネーマキシング(あらゆる場面で金銭的メリットを最大化する)」へと移り変わってきました。
この流行語の変遷が示すのは、「不安に基づく衝動的な支出」(将来への不安やストレスを一時的に紛らわせようとして、かえって衝動的にお金を使ってしまうこと)と、「恐怖に基づく過剰な倹約」との間を絶えず往復する消費者心理そのものです。実際、ミレニアル世代の39%が「ドゥーム・スペンディング(不安消費)」を自認し、2026年第2四半期の米国家計債務は、18.8兆ドル(うちクレジットカード残高は1.26兆ドルで、6.97%が深刻な延滞状態)と過去最高を更新しています。また、2025年8月時点で米国人の68%が「かつかつの生活(living paycheck to paycheck)」の状態にあり、Z世代の72%が親の経済的支援に頼るなど、家計の逼迫は深刻です。しかしその一方で、消費者の4割以上が「ローバイ(購買抑制)」や「ノーバイ(不買)」チャレンジに取り組んでおり、不安への防衛策としての倹約志向も同時に強まっています。
このような中で、「デュープ(模倣品)」購入の意味はこの数年で大きく転換しました。バージニア大学ダーデン経営大学院のLuca Cian教授によれば、かつては「本物を買えない貧しさ」の証でしたが、SNSが「価格に惑わされない賢い消費者であることの証」として再定義したことで、模倣品購入への心理的ハードルが下がったといいます。実際、米成人の約3分の1、Z世代では約半数が「意図的にデュープを購入した」経験があると回答しています。
化粧品ブランドのe.l.f. Beautyは、この潮流を否定するのではなく自ら「デュープの王様」を名乗ることで急成長した代表例です。コスメブランドCharlotte Tilburyの人気商品「Hollywood Flawless Filter」(肌に自然なツヤを与えるリキッドハイライター、49ドル)に対し、e.l.f.は同じような艶感を演出できる「Halo Glow Liquid Filter」をわずか14ドルで展開するなど、「高級品の代替」であることを隠さず打ち出しています。さらにTikTokのライブ配信でCEOのTarang Amin氏が視聴者から「こういうデュープが欲しい」というリクエストを直接受け付け、配信終了後すぐに商品開発に着手する体制を敷いている点が特徴的です。
世界経済フォーラム(WEF)の分析によれば、米国の住宅価格は1990年以降、世帯収入の3.2倍から5倍に上昇し、20〜34歳では年収の約8倍相当にまで達しました。Fortune誌はこうした状況を「スターター経済の崩壊」と呼び、新卒後の定番の道筋(初任給をもらい、中古車を買い、賃貸住宅を経て、いずれ持ち家を買う)がもはや経済的に成立しなくなっていると指摘します。Z世代・ミレニアル世代の70%以上が「サバイバル・スペンディング」(貯金や将来への投資ではなく、その日その日の生活を維持するためだけの、余裕のない支出)を自らの標準と回答し、「アメリカン・ドリームは今も実現可能」と考えるのはわずか32%にとどまります。
この「これまで王道であった人生設計が機能しない」という感覚、いわば「ファイナンシャル・ニヒリズム」(将来に備えて慎重に計画を立てても、もはや報われないという冷めた感覚)に対し、対照的な2つの受け皿が生まれています。
1つ目は、不安に寄り添うAI家計管理アプリ「Cleo」です。銀行口座やカードを連携すると、日々の支出をAIが分析し、「今月あといくら使えるか」「何にお金を使いすぎているか」といった家計の状況を、チャット形式で分かりやすく教えてくれます。難しい金融用語を使わず、時にはユーザーの浪費を親しい友人のように辛辣に「ロースト(からかう)」など、AIに親しみやすいキャラクター性を持たせています。こうした工夫によって、面倒で堅苦しくなりがちな「お金の管理」を、AIとの会話を楽しみながら日々の消費行動を見直す体験へと変えています。2025年時点で会員数は700万人超(有料会員110万人)、年間経常収益は2.8億ドルに達し、2024年から2025年にかけて62.2%の増収を記録、2024年8月以降は黒字化しています。経済的な不安に対し、恥や罪悪感ではなく「共感」を軸に向き合う金融サービスの姿勢は、若年層の財布の紐を緩めるだけでなく、彼らの心をも開かせている好例です。
2つ目の受け皿は、正反対の方向、すなわち「賭け」への傾斜です。予測市場プラットフォームのKalshiとPolymarketは、スポーツの試合結果から政治・経済・金融指標まであらゆる事象を対象とする「予測市場」として、若年層の間で急速に存在感を高めています。特にスポーツ関連では、試合の勝敗などを予測して契約を売買する仕組みが、従来のスポーツベッティング(賭博)と類似しているとして議論を呼んでいます。KalshiやPolymarketはCFTC(米国商品先物取引委員会)の規制下にある「金融市場」として運営されているため、州法で原則21歳以上と定められている従来型スポーツベッティングの年齢制限が適用されず、18歳から取引が可能です。2026年に入り、18〜21歳のKalshi利用者による取引額は約54億ドルに達したとCNNが分析しており、そのうち約39億ドルがスポーツ関連だったと報じられています。米国ゲーミング協会会長のBill Miller氏は、この現状について、親や祖父母世代の多くがこの「抜け道」の存在に気づいていないと警鐘を鳴らしています。
もっとも、実際に大きく稼げているのはごく一部の利用者に限られています。Polymarketでは69%の利用者が損失を出しており、Kalshiでも2025年11月以降、利用者の7割超が損益ベースでマイナスです。利益はごく一握りの層に集中しており、Wall Street Journalによると、Polymarketで発生した利益の67%を上位0.1%の利用者が獲得しています。それでもミレニアル世代の75%、Z世代の80%が「経済的な不安」を理由に予測市場への関心を挙げており、「専門家すら気づいていないことに自分は気づいている」という感覚が、投機的な行動を後押ししています。Cleoが「共感」で寄り添うのに対し、予測市場は若者たちに「一発逆転の機会」という幻想を提示することで、彼らの受け皿となっているのです。
デュープ・カルチャーの普及も、予測市場への傾斜も、その根底には「従来の生き方―ブランド品を定価で買い、堅実に貯金して家を持つという道は、もはや自分たちには機能しない」という共通の諦念や実感があります。目まぐるしく移り変わる流行語そのものに一貫性はなくとも、その奥にある「見栄や建前より、正直さと自分自身の判断を大切にしたい」という価値観は一貫しているように感じます。米国で顕在化しているこれらの現象は、いずれ日本の若年層にも形を変えて波及する可能性が高く、企業には消費者の不安を煽るのではなく、いかに誠実に寄り添えるかが問われることになるでしょう。
Webrain Production Team



