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  • Yudai Musha

Issue 191 - 若い世代の目線で紐解くテックトレンド

今回のSeattle Watchでは、弊社でインターンとして働いてくれている武者君が、彼自身の若い世代の目線から見た興味深いテックトレンドについて紹介をしていきます。今回は「動物との共生価値観」、「音と生物多様性」、「身体感覚の再現」という3つのトピックを取り上げました。それぞれにどのようにテクノロジーが関わっているのかについて見ていきます。

 

テクノロジーの発展に伴う動物との共生価値観の変化

愛するペットの気持ちを理解してあげたい、寄り添いたいという思いは、飼い主ならば誰もが考えるものです。イスラエルのハイファ大学の研究ラボであるTech4Animalsは、AIを用いて動物の感情を理解する研究を行っています。同ラボは、人間には見えない動物の微かな顔の合図や筋肉の収縮を認識することにより、動物の感情を解析しています。過去の実験では、猫が痛がっているタイミングを識別できるようにAIを学習させ、72%の精度でそのタイミングを検知したようです。このように、動物の感情や感覚を私たちが正しく理解できるようになれば、動物の権利や幸福を関する議論が今よりも大きく注目されていく可能性があります。また、過去の哲学者たちは、人間が動物の感覚を知覚することは不可能だと論じてきました。しかし、東大発スタートアップのH2Lが開発するようなボディシェアリング(体験共有)技術(ロボットや他者の身体と様々な感覚の相互共有)が発展すると、将来はもしかすると動物の感覚に限りなく近い体験を人間が知覚する日がくるかもしれません。その時には、動物やペットに対する愛情のあり方も大きく変わり、彼らとの共生のあり方すら変化する日が来るように思えます。


「音」で取り戻す生物多様性

私たちの生活や企業活動は自然界に大きく依存しています。PwCのレポートでは、世界のGDP総額の55%(約58兆米ドル)を占める人々や企業の経済活動が中~高程度、自然に依存していると言われており、生態系の崩壊などを含む自然リスクにさらされています。9月に開示されるTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の最終提言は、生物多様性への企業の取り組み状況を可視化するもので、投資家の判断材料にもなります。TNFDには、生物多様性の損失による社会と経済への影響を理解してもらい、ネイチャーポジティブ(生物多様性を含めた自然資本を回復させる取り組み)を促進させることが期待されています。例えば、近年注目されているネイチャーポジティブの取り組みの1つに、サウンドスケープ(社会を取囲むさまざまな音環境の総体)の修復があります。イギリスとオーストラリアの科学チームが共同で行った研究では、健全なサンゴ礁で録音された音源を死滅したサンゴ礁のエリアに設置し、生きたサンゴ礁のサウンドスケープを再現したところ、この音に惹かれて魚が集まり、再び生態系が形成され、サンゴ礁が再生しました。米国食品大手Marsでは、インドネシア中部のスラウェシ島のサンゴ礁の再生に取り組んでおり、サウンドスケープを観測し、劣化したサンゴ礁を3年で再生させました。自然界の音を測定し、生態系への影響を観測する動きは、今後もますます増えていくと予測されます。企業は、自社と生物多様性との関係を見つめ直し、具体的な行動に移すことができるかが今後のカギになりそうです。


失った身体の感覚を取り戻すテクノロジー

手足などの体の一部がなくなったり、動かなくなったりしたにもかかわらず、その部分をまだ感じている状態を幻肢(Phantom Limb)と言います。スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)、サンタンナ高等研究学校(SSSA)、Centro Protesi Inail(イタリアのリハビリセンター)の共同研究では、この幻肢の現象を利用して、義手によりリアルな温度変化の感覚を与えることに成功しています。被験者の残存腕の皮膚に熱電極を当てて、温度フィードバックを提供することで、義手で物質を区別することができるかを実験した結果、27人中17人がこの技術によって温度変化を正しく知覚し、物質の区別をすることができたようです。成功した被験者の1人は「幻だったはずの手足が、失う以前の感覚に戻った。もうこれは幻の手足ではなく、本物の手足である。」と語っています。米国では約210万人が四肢を失った状態で生活しており、その数は2050年までに倍増すると予想されています。また世界では毎年100万件以上の四肢切断が行われており、30秒に1件のペースで行われていると言われています。切断の原因となる糖尿病や不慮の事故を未然に防ぐ技術に加え、身体障がい者のウェルビーングを高めるための研究や医療技術についても発展が期待されています。


前述したボディシェアリングや義肢で活用されている脳の錯覚を利用したテクノロジーは、応用の幅が広く、新たな体験を社会にもたらしてくれるのではないでしょうか。最近では、「ゴーストエンジニアリング」という言葉も出てきています。これは、VRやアバターをはじめとする身体拡張体験による心の変化を積極的に活用し、自らのゴースト(情動・認知・思考)を自在にデザインすることで、その人の持つ潜在的な身体能力や認知能力を引き出す工学的技術を意味します。例えば、VR空間で筋肉質のアバターになりきって、現実世界でダンベルを持ち上げると普段より軽く感じるということが分かっています。この他にも、VRでスーパーヒーローを体験した後だと人助けをしやすくなることや、VRで黒人アバターを体験すると黒人への差別意識が減少するという過去の研究例もあります。東京大学の鳴海拓志准教授は、こうした現象を利用して、人の心を変え、人の行動まで変えてしまうようなテクノロジーの開発・研究に取り組んでいます。デジタル世界での体験が現実世界に持ち込まれて、私たちの思考や行動を変えるようになると、ますます現実とデジタルの世界の境界は曖昧(シームレス)になっていくように感じます。アニメの攻殻機動隊の世界に一歩づつ近づきつつあるように思いますが、ゴーストだけは失わないようにしていきたいと思います。


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