• David Peterman

Issue 162 - ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡から考える宇宙開発

今回のSeattle Watchでは、NASAが配備しているジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡をテーマとして、宇宙開発が私たちの生活にもたらしている影響について考察していきます。宇宙開発で培われた技術は様々な産業に還元されて私たちの生活を支えており、短期的な経済利益のみならず、長期的に社会にもたらす価値を踏まえて見ていく必要があると思います。

 

2022年7月12日に、NASAは昨年配備されたジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)が捉えた最初の画像を公開しました。この画像を見たNASAのBill Nelson長官は、「これまで見たことのない世界を見ることができる」と述べており、宇宙で最も深遠な天体や古い天体を前例のない解像度で映し出しています。これまで撮影された最も深い宇宙の画像は、私たちがまだ解明できていない問いへの答えを見つけ、宇宙とその中での人類の位置をより良く理解することに、JWSTがいかに役立つかを示しています。 https://webbtelescope.org/contents/news-releases/2022/news-2022-028


2021年12月25日に打ち上げられたJWSTは、1990年から運用されているハッブル宇宙望遠鏡の6倍の大きさで、100倍の性能を持っており、JWSTはハッブルの単なる後継機ではなく、前任機をより高度に補完・拡張する役割として位置付けられています。遠くの宇宙から放たれた光は地球に届くまでに波長が引き延ばされて多くが赤外線になり、可視光観測のハッブル宇宙望遠鏡では遠方の宇宙観測には限界があったため、JWSTでは赤外線を観測する仕様になっています。また、JWSTには6.5mの巨大な反射鏡が搭載されており、どの宇宙探査機よりも高速にデータを習得できます。 https://solarsystem.nasa.gov/missions/james-webb-space-telescope/in-depth/


しかし、このような高度な技術にはコストがかからないわけではありません。JWSTは、当初49億6,000万ドルで2014年に打ち上げられる予定でしたが、7年後の2021年まで打ち上げられず、最終的には99億7,000万ドルの費用がかかっています。さらに、今後5年間の運用には8億6,000万ドル必要となる見込みです。そのため、ホームレス問題、学校予算の不足、貧困、医療体制の不足など、地球上で大きな問題を抱えているときに、100億ドルの宇宙望遠鏡を宇宙に打ち上げることの意義を疑問視する声が多く聞かれました。では、この宇宙望遠鏡の価値はどこにあるのでしょうか? https://www.planetary.org/articles/cost-of-the-jws


確かに宇宙開発は決して安くありません。NASAの2023年の予算は245億5,000万ドルで、これは米国GDPの約0.3%に相当します。これには、SpaceX社、Blue Origin社、Boeing社といった民間企業によって使われる金額は含まれていません。しかし忘れてはならないのは、このお金は宇宙に向かって発射されるのではなく、1ドル残らずこの地球上で使われているということです。NASAには1万8,000人以上の職員がおり、さらに何千もの契約社員がいます。そして、JWSTのプロジェクトも、全米27州と14ヵ国から集まった1,200人科学者やエンジニア、技術者のチームによって実現したものです。 https://spacenews.com/house-bill-trims-nasa-budget-proposal/

https://www.jwst.nasa.gov/content/meetTheTeam/index.html


宇宙開発プログラムは、彼らのような従業員の雇用や経済を支えるだけでなく、それを超えた利益を社会にもたらしています。1958年の発足以来、NASAが開発した技術は、健康・医療、輸送、公共安全、消費財、エネルギー・環境、I T、産業生産性などの幅広い分野に還元され、人々の生活に寄与してきました。例えば、将来の火星探査のために開発された素材が、新しい医療用縫合糸に使用されており、1990年代にスペースシャトル用に開発されたタイヤ空気圧センサーは、商業市場でも活用されて現在では世界中の何百万台もの車に搭載されています。さらに、長期の宇宙ミッション用の食品を作るための研究は、食品を3Dプリントする商業技術に繋がっています。 https://www.nasa.gov/sites/default/files/atoms/files/spinoff2019_lres.pdf


比較的新しいJWST計画も、すでに消費者市場に影響を与えています。望遠鏡の鏡を製造するために開発された技術が、眼科医がレーシック手術を行う前に患者の目を極めて正確に測定するために応用されていたり、その他にも、測量やシステムの安定化の技術は、医療、ドローン技術、新素材の開発などに活かされています。 https://www.npr.org/2022/07/24/1112909043/nasa-james-webb-telescope-space-spinoff-technology-lasik

https://www.cfr.org/blog/webb-reminder-americas-technical-prowess-future-global-competition-and-cooperation


私たちの知識全般を増やし、宇宙のアクセスしにくいデータを入手することを可能にする壮大な工学的成果を評価することでもたらされる、目に見えにくいメリットも存在しています。NASAの公式ウェブサイトには、「JWSTは、初期の宇宙の暗闇から最初の星や銀河が生まれる様子を、135億年以上前にさかのぼって赤外線観測する強力なタイムマシンである。(中略)JWSTの前例にない赤外線感度は、天文学者らが最も暗い初期の銀河と現在の大きな渦巻銀河や楕円銀河を比較し、銀河が何十億年かけてどのように形成されたかを理解することに役立つだろう。」と記載されています。このような壮大なビジョンと成果は、現代の子どもたちが次世代の科学者、エンジニア、技術者になるためのインスピレーションを与えるでしょう。そして、この次世代の科学者や技術者たちは医薬品、コンピューターシステム、食料や水の供給技術、さらなる予期せぬ進歩を発明するのです。ジョージア大学(UGA)の大気科学プログラムのディレクターであるMarshall Shepard氏は、毎年6万人を超える生徒たちがNASAの教育機会に直接触れていることに触れて「宇宙は子どもたちが科学に夢中になる強力なきっかけになることを裏付ける力強い証拠がある。」と述べています。 https://www.forbes.com/sites/marshallshepherd/2022/07/12/why-the-james-webb-space-telescope-matters-to-us/?sh=28585e976cfa


JWSTからの最初の写真が公開された際に、バイデン大統領は「これらの画像は、アメリカが偉大なことを成し得るのだということを世界に思い起こさせるだろう。私たちの可能性を超えるものは何もない。JWSTはアメリカの絶え間ない創意工夫の精神を象徴している。」と述べています。 https://time.com/6195785/james-webb-telescope-images-released-space/


NASAは長い年月をかけて進化してきました。かつてのNASAは物や人を宇宙へ送り出す唯一の米国組織でしたが、今ではこれらの活動のほとんどをSpaceX社やBoeing社になどの民間企業に委ねています。そのおかげで、2024年までに人類を再び月に送り、最終的には月面基地を建設するアルテミス計画のような野心的なプロジェクトに集中することができるようになったのです。そして、JWSTによって私たちは広大な宇宙を見渡すことができるようになり、私たちの地球や生命がどのようにして誕生したのか、地球のような生命体が他にあるのかといった真実に近づくことができます。さらに、JWSTは月や火星、さらにその先へと、ロボットや人間が宇宙へ進出する際の指針になるでしょう。


私たちは、古代の数学・物理学者で天文学者でもあったアルキメデスや、ローマ最大の野心家であったジュリアス・シーザーが成し遂げてきたように、科学的・探究的意欲をさらに高め、何ができるのか、何が学べるのかといった人類の限界を押し上げようとしている分岐点にきているのです。これらの理由からも、JWSTのような宇宙開発プログラムへの投資は、短期的に有益であるだけでなく、私たち人類の継続的な進化に欠かせないのです。






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